冷たいスープ缶と父の授業参観

午前の仕事を終えて昼休み。

職場の売店に弁当を買いに行く。
最近、コカコーラの自販機でよく見かける「ビストローネ セレクト ポテト・アンド・チーズ」が並んでいた。が、冷たい飲み物の棚。とてつもない違和感を感じたが、そういう飲み方もありなのだろうかと手に取った。キンキンに冷えていた。弁当と一緒にレジに持っていき、会計を済ませ店を出ようとし、ふとレジの横に目をやると温かいのコーナーにも「ビストローネ セレクト ポテト・アンド・チーズ」

これはやられた。

控室に戻り、弁当を食べながら、キンキンに冷えた「ビストローネ セレクト ポテト・アンド・チーズ」をどうしようかと思案し、温めるような器具も知恵もないのでそのまま飲むことにした。

冷たかった。チーズとポテトが冷えるとこんな味になるのか、という新発見はあったものの、人様に教えていいような類の発見では決してないな、と確認するようにチビチビ飲んだ。途中で飽きてくるが、チビチビ飲んだ。飲みながら人生についていろいろ考えてしまうほどじっくり、チビチビと飲んだ。

そうだよな、こうやって思慮の浅い行動を勢いでしちゃうのがよくないんだよな、という後悔がふつふつとわきあがった。そういえば、あのときもそうだった。

小学校の授業参観日。普段は仕事で忙しい父がわざわざ仕事を早退してやってきてくれた。あまりの嬉しさに、みんなが勢いよく手を挙げるから、僕も手を挙げた。みんな挙げてるし僕に当たることはないだろうというような邪な思いがなかったと言えばうそになる。

しかし、先生はすべて見通したように僕を指名した。その瞬間、僕はすべての知性を失ったかのように何もわからない、真っ白な状態になった。黒板には一本の線分。「三角定規を使ってその平行線を書くというだけの簡単なお仕事です。」というキャッチフレーズに釣られてまんまと手を挙げた僕。普段なら何の造作もなくできたはずの作業がわからない。どう三角定規を当てても平行線を描けるような気配がない。教師の板書用の大きな三角定規を両手に、黒板の前で立ち尽くした僕。何が簡単なお仕事だ!さっぱりわかりゃしねえぞ!いや、待て。それよりも、父に恥をかかせてしまった。せっかく早退までして来てくれたのに。

恥ずかしさと悔しさで、力を抜けばすぐにでも涙がこぼれそうだった。しかし、ここで涙を見せれば父はもっと恥ずかしい思いをする。精一杯の笑顔で「すいません、わかんなくなりました!」と元気よく先生に伝えた。教室は、嘲笑の混じった爆笑の渦に巻き込まれた。とりあえず、僕は参観日に道化を演じることで、なんとか自らのアイデンティティを守り、最後の砦であった笑顔だけは崩さずに授業をやり過ごした。

そんな中、三角定規を使って平行線を書くだけの簡単なお仕事は、クラスの優等生がなんなく僕の後を引き継ぎ完遂された。優等生の総取り。これはつらい。だが、泣かないように努めて笑顔を保とうとした。

父は、家で「もう一回、復習しておくんだぞ。」と優しく声を掛けてくれた。その優しさが痛かった。

ああ、浅はかな気持ちで、手を挙げたりしなければ、僕は父にあんな恥ずかしい思いをさせることもなかったのに・・・。



浅はかにも温かいのがあるかも確認せずに買ってしまった、冷たい「ビストローネ セレクト ポテト・アンド・チーズ」をチビチビ飲みながら、そんな自分の消したい過去にまで思いを巡らせてしまった昼休み。