娘の涙と時計と僕のプライド

家族でショッピングモールのなかのゲーセンに行った。まあ、子供たちは100円で動く乗り物とかで遊んでたんだが、そのうちUFOキャッチャーあたりをぶらぶらすることになり、安っぽい子供向けのかわいい腕時計の所で娘の足が止まった。
「欲しいの?」と聞くとうなずくので、「取れないかも知れないけど、やってみるよ」と100円を入れた。
実に巧妙な仕掛けになっており、最近流行りの自由な設計のできるタイプのマシンで、細長い景品を、景品の2/3ぐらいの長さの板の上に手前に下るようなスロープを付けるようにおいてあり、手前は景品よりやや高さのある板で支えられていた。奥は、景品を手前から持ち上げても簡単には落ちないように、箱の支点となる棒がしかけられており、手前と向こうと、前後どちらかの端を持ち上げても、穴に簡単には落ちないよう、板と棒がうまいこと支点として機能するため、持ち上げるのは造作もないが、ちょっと持ち上げたぐらいでは簡単には取れない。
3回ほど失敗し、あきらめようかと思ったその矢先、娘が「とれない〜!」と泣き始めたではないか!そこで、ポケットの300円を見せて、まだ3回できるからね!となぐさめ、チャレンジ。しかし、あと一歩のところで失敗。娘大泣き。あと数回でなんとかなるかも、という位置まで来たので、両替して戻ると店員がいい仕事してやがるのか、全部初期配置!
これで俺はこわれた。取れるまでやめない!と。

死闘約10分、呆れ気味の妻と大泣きの長女と乳児なので状況もわからず賑やかさにただはしゃぐ次女を尻目に、全力で闘った。先程の両替の1000円も使い切り、新たな両替で得た100円玉も、もう残り一枚。しかし、ここで絶好の配置に!!祈りを込め、100円を投入。

横移動を慎重にベストポジションへ。その後、軽く横から覗き縦位置もほぼベストポジション。これでダメなら、俺も泣くしかないさ、と半ばあきらめつつ、期待を込めてアームをみつめた。アームは狙い通りの位置に降り、大きく開いたのち、その時計の箱を軽く持ち上げた。

重心が崩れ、巧妙に組まれ何度となく景品の落下を阻止するために置かれたその板も、いまや落下に手を貸す重心移動の支点に過ぎなかった。憎きその板の上をスーッと箱がすべり落ち、その後、安っぽい電子音のファンファーレとともに景品口に時計の箱が現れた。

現れた景品は、かわいいキャラクターこそデザインされているが、近所のホームセンターで500円もしない価格で売っているような、時刻と日付の表示を切り替えるだけのボタンがついた、本当に安いデジタルの腕時計だった。正直、これに2600円かけた私は大損こいたバカだと今でも思う。しかし、 2600円で父としての信頼を、プライドを保てるなら、それ位安いものだ、とも思う。

娘は泣きながら「着けて!今!!」とせがんだ。おそらく、それまでの取れなかった悔しさと、取れた嬉しさが入り混じり、どうしてよいかわからず、泣くしかなかったのだろう。僕は、その嬉しそうなしかし涙をぽろぽろこぼす彼女の顔を見て、ふうっとため息をついて、「幼稚園やプールにはつけては行けません。いいですか?」とだけ約束させ、その時計を娘の腕に着けた。
さっきまでの大泣きはどこへやら。娘の顔に笑顔が戻った。娘は、まだデジタル時計を読んで時間を知るような知恵などないが、自分が欲しかった時計が手に入りとても満足したようだった。

その後、僕と娘は、借りぐらしのアリエッティを見る予定だったが、まだ1時間以上も時間があった。休憩所でお茶を飲みながら、「今何時?」と娘の腕時計でわざと時刻を確認しながら、映画の時間を待った。

あっという間の1時間ちょっと。

さ、行こうか。アリエッティがはじまるよ。